月別アーカイブ: 2009年10月

nagisa

プレミア吉祥寺のオープンパーティーにて

皆が騒いでる中 首にタオルを巻き付け影で一人黙々とゴミをまとめていた
訊けばエリアマネージャーだと云う そうこの人こそがマネージャー「渚」なのだ
この時は今程仲が良くなるとは思えない程につっけんどんな応対だったと記憶している

・・・というのは大袈裟な話しだが お世話になりました

これまで色々と相談に乗ってくれたり 遊んでくれたり わがままを聞いてくれたり
何かと仲良くしてくれた渚ですが10月で引越しするかもという話しを聞いてビックリ!
僕の反対抗議もまったく受け付けない素振りも面白かったが
この人のまとう雰因気はどこか希少で 気を引かれて来た

顔を合わせる機会もなくなるんでしょうがお達者で

youko

きっかけになったのは毎週行われていたラウンジでのお茶会

たまたまそれに参加して知り合う事になった そうこの人こそが「youko」なのだ 
それからの付き合いは今日に迄至る 同期組は今や僕と彼女の二人となった
これはお互い一致の見解だろうがまさかまだここに住んでいるとは当時露とも思わなんだ

・・・というのは大袈裟な話しだが 楽しい時間を過ごして来た

彼女と初めて呑んだのは「いせや」 土砂降りの夜だった
それから誘えば必ず付き合ってくれる 幾つもの思い出を作って来た
迷惑を掛けた事もあった 怒られた事もあった
膝枕をして貰おうと近付いたら思いっきり避けられた事もあった

それでも今も続く良い呑み仲間の一人である

daigorou

引っ越して来た人は大荷物だった

takurou 「新しい人来たよ 早く来て~」
choi 「えっ? 今シャワーなんだけど」
takurou 「いいから そのままでいいから~」
choi 「いやいや駄目でしょ なんで?」
takurou 「面白いからさ~」
そうしてtakurouにそそのかされた僕はタオル一枚で前を押さえて
周りを確かめつつ廊下に飛び出し初対面と相成った
そうこの人こそが「daigorou」なのだ この時から僕らの裸の付き合いが始まった

・・・というのは大袈裟な話しだが 僕らは仲良しになった

takurouを除けばこの人と出掛けた回数は意外と多い
呑み屋 定食屋 中華屋 ステーキ屋 服屋 ドン・キホーテ 夏祭り・・・
僕がお金がない時には度々奢って頂いた感謝も忘れない

また浴びる程呑んで羽目を外ずしたいもんだ

 

おうおう何だコノヤロウ

明け方五時頃、井の頭公園を自転車で走ってました。

なぜそんな時間にってのは置いといて、鼻歌交じりに気分良く飛ばしてると、前方にポリスメンのチャリが。

迂闊にも無灯火で走行中だったのであわててライトをつけて、何食わぬ顔で通り過ぎようとすると、そこにあるのは自転車だけで、お巡りさんの姿は見えません。

ん?どこだ?

さらに前方を見ると、何やら2人の男性がやり合ってる様子。

ははぁさては朝まで飲んでた酔っ払いがなんかやらかして、警察にでも絞られてんのか

ん?ちっこい方が相手の胸倉つかんで何かわめいてるぞ。

おぉおぉ威勢のいいことでって近づいて行ったら、胸倉つかまれてんのはお巡りさんじゃありませんか。

おっさん「おれぁよ!おめえらのそういう態度が全く気にくわねぇんだ!何かにつけていちゃもんつけやがって!ちょっとでも何かはみ出すと鬼の首とったみてぇに騒ぎやがる!・・・おぉてめぇ聞いてんのかコノヤロウ!」

ポリ「ひ、ひぃぃ、ごめんなさい~」

・・・おっさん。

・・・そしてお巡りさん。

どっちにも同情するわ。

みなさん何事も穏便に、ね。

自転車のおばちゃん→戦争の惨禍

人は反面教師から学ぶことの方が多いという意見があります。それはもっともだと思います。今回でも僕がスピードを落とさずに車にひかれていたなら、深く反省していたことでしょう。しかし、わざわざ失敗を見るまでもなく、成功例を意識して見るようにすれば、そこから学べることは十分にあるはずです。もっといろんな成功例を見ていきたいです。もちろんこのことは、反面教師から学ぶことを否定するわけではないのですが、その「教師の側」には、なんらかの被害が出てしまいます。これはすすめられません。でも人は反面教師から学ぶことさえ怠っているのが常なのかもしれません。たとえば、「言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨禍」はすでに二度くり返し生じています。犠牲者である教師たちは「二度とくり返さないでくれ」と思っているに違いないでしょう。それにもかかわらず、生徒の側のわれわれが、歴史から学ばずに同じ轍を踏んでいるのなら、私のおじいちゃんを含む先人たちの経験を全く意味のないものにしていることになります。

なかなか時間はとれませんが、これからもっと本を読みたいな、と思います。本がいっぱいあり、どんな情報にでもアクセスできる今(情報無料化の時代。これについては疑問があるが)に感謝しつつ、もっと自分の行動を収斂させていきたいなと思いました。

一礼をしたおばちゃん、ありがとう。

自転車のおばちゃん2

同日、他の場所でも自転車に乗ってるおばちゃんを見かけました。そのおばちゃんが自転車に乗っている時、わき道から車が出てきたので、おばちゃんはスピードをゆるめました。が、車が止まったので、頭を下げてから車の前を通っていきました。あの動きはいいですね。僕が自転車なら、たいしてスピードを落とさずに「車出てきすぎ。運転手は見てたのに。」とか思いながら車をガン見してしまいそうな状況でした。実は東京ではこういった譲り合いの精神はよく見る光景です。僕は京都出身ですが、京都ではこのような謙虚な自転車、あと歩行者も、あまり見かけません。交通量が増えれば増えるほど、自由な運転は制限されるので、当然といえば当然なのですが、京都でもああいう動きをしたいなと思いました(あ、まずは東京からですね)。

自転車のおばちゃん

先日、自転車に乗りながら、おばちゃん2人が話していたので狭い歩道では追い越すことができませんでした(自分も自転車)。 でも、あまりチリンチリン鳴らすのは好きじゃないので(スマートじゃないので)、ゆっくりペースでやや迷惑がりながら後ろギリギリで追っていました。いくらなんでもそろそろ鳴らそうかなと思っていた時、おばちゃん2人は道路を横断するため、並列したまま信号で止まりました。これはもうこっちも止まるしかありません。しかし、おばちゃんのかたわれは止まるやいなや、瞬時に後ろのベタづけ自転車に気づき、もう一人にすぐに知らせ、もう一人もすばやく動き、すぐに道を作ってくれました。これは当然のことかと思うかもしれませんが、その急いだ動作はけっこう速くて、誠意がありました。おばちゃんの「ごめんなさい」という心の中の声が聞こえてきました。あの迅速な対応から、それまではただ単に会話に夢中になっていただけだったのかと伺えます。これは誰にでもあることですね。

おばちゃん、ありがとう。

国によっても。。。当然か。

一緒の国の出身でも、 やっぱり 場所によって性格も 考え方も違うものです。 大阪と 東京でも これだけ性格の差が出ていますし、 個人では 本当にひとりひとり違いますね。 外国から来た人と 接して、 「・・・人はこれこれだ」 と決めつけるのはいかんなぁと思いますね。 ひとってのは、 面白くて 興味深く 、いろんな人がいますね。 オークハウスにも 4か月ほどたちますが、 とてもいろんな出会いがありました。 本当に楽しいです。